2つの矛盾と1つの選択

    YUKIYOGA yukikoです。

    2月に入り、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

    昨日、羽生結弦君が北京オリンピックのフリーの演技がありましたね。

    彼がこだわってきた4回転半の挑戦。

    私は彼が以前からファンであったこともですが、今回のこの北京オリンピックまでの羽生君の挑戦で色々思うことがあったので皆さんとシェアできたらと思います。

    目次

    2つの選択肢があるとすればあなたの選択は?

    そもそも、誰も飛んだことがないという4回転半。
    彼はそれをどうしても飛びたいらしい。
    これで行かない理由もあるし、その方が明らかに点数を確実に取れるのにそこに最後までこだわり続けたこと。

    「立派だ」という意見もあるだろうし、結果が全てという世界においては飛べなければメダルが取れないという勝ちにこだわる時にはこのポリシーが邪魔するかもしれない。

    私だったらどうするだろう。。。

    もちろん、何のジャンプも出来ないし、どんなに神業なのかもわからないけど、私だったらきっとみんなが望む「金メダル」を確実に取れる方法を選んでいたかもしれない。なんでもそつなくこなす。平均的以上をとる安全橋を渡ってきた私はきっとそんな賭けはできないとそう思ったのです。

    どちらが良い、悪い。偉いとか偉くないとかではなく人生の選択という点においてすごく考えさせられることではないでしょうか?

    センスもあるかもしれないけど努力しかない

    最近は、自分の特技を活かすということを聞くようになり、私も「ストレングスファインダー」という自分の特性を知りたくて受けました。

    で、自分の特性も知ったし、いわゆる星よみだったり?占い的なものも?やってきました。

    だから十分に自分の特性も苦手なことももうわかっているし、結果を見て「納得しかしない。。。」という感じ(笑)

    だから、そのセンスは磨き上げたらいいなと思うんです。でも、そのセンスさえも実は「好き」だけでも、「得意!」だけでもなくコツコツと磨き上げないとその持ち前のセンスや特性までも周りの環境や周りの意見に引っ張られて、埋もれていく可能性だってあります。

    羽生君の努力も「1つのジャンプにフォーカスする」と決めたからこそ、その他の自分の苦手なところも誰よりも真摯に向き合ってきたのではないかなと彼の言葉から感じることがありました。

    結果がどうであれ、それだけ「こだわる」ための努力を私はどれだけしてきただろうか・・・

    その「こだわり」は果たして自分のこだわりなのか?他人から認められるための「こだわり」なのか?

    そう考えると、「自分のコア(軸)」は本来自分の中で何%本気なんだろうと考えたりします。

    本当にそこだけ磨けばいいの?

    どこかに特化することは、何かを捨てなければいけないかもしれません。

    時間は24時間。みんな同じように与えられている。

    だからこそ、

    何かに特化するために何かを捨てるか


    逆に、何かを磨く上で、実はそこが特化するためにネックになっているという苦手なものと対峙していく作業も必要かもしれません。



    「好きなことを仕事にする」

    「得意なことだけやればいい」

    その方が聞こえがいいし、

    みんなの食いつきもいい(笑)

    でも、ヨガに例えたらどうでしょう??

    「身体が柔らかいから前屈ポーズもっとやります!」

    と前屈ポーズばっかりやっていたらきっと身体は壊れてしまいます。

    もちろん、インスタ映えもするでしょう。でも自分の身体はどうなの?
    心はどうなの?本当にそれだけやることで心と身体は喜んでいるのでしょうか?

    単純に言うと、前屈をもっと深く取るためにはその逆、「後屈」を丁寧に見ていく必要があるし、向き合わなくてはいけなくなるのですね。もしかして「柔軟性」だったとしたらそこよりも「強さ」と対峙しなければいけないのかもしれません。



    こうしてもっと自分の「特化したもの」を自分で納得できる、本気で高めるためには実はその反対にあるものと一度、しっかり対峙していくことが必要なのではないかなと。。。

    2つの矛盾から選択したこと

    好きなことをやりましょう!伸ばしましょう!

    から一転。好きなことをするためには一番苦手なことと向き合いましょう!

    苦手はやらなくていいって言ったじゃん!!

    って人には後者の選択はブルーにしかならないですし、私もこの「得意」を伸ばすこと、もっと自分が特化したものを!と探していた頃があります。

    でも今は私自身、今自分が一番苦手だったことと向き合っています。

    得意な感覚、降りてくる直感、パッションからの行動、協調性なんかは自分の持っている感性であり、言わずと知れずやれるものだから、もっともっと磨いていきたいところ。

    それでありながらその対峙するべきものは「ロジックに考える視点」

    もっと全体から一点を、一点から全体を俯瞰できる、数字や押し測れるもので検知していくこと。

    やらなければいけないので、やってはいたものの、深掘りしたことは一度もなく、「苦手」の一言で今まで通り越してきたのですが、結果それと対峙しないことで、「自分の好きなこと、得意なこと」が水に溶かした絵の具のように溶けてしまう事を経験してきました。またそこがいつまでも克服できないからこそ、ずっと「自分は何が得意なんだろう」と得意なことさえもうやむやになってしまっていたような気がします。

    全てには「陽と陰」がある

    そう思うと、私たちは全て陽と捉えているものの逆側を鍛えていく必要性を感じています。

    皆さんはどうでしょうか??

    結果が全て。でも結果までの本気度も全て

    再現性があるものは、全て反復。

    結果が伴わなかったとしても、その反復した数や経験はきっと自信になり、その他の人生に大きな自信を与えてくれると思います。

    「正直全部出し切った。あれが僕のすべてです」

    そう言い切った羽生君の言葉。
    彼から出る言葉は私たちが想像もしない努力の裏があるからこそ、彼に魅了され、彼の演技に魂が揺さぶられるのだと思います。

    立場も違えど、そう言ってみるほど何かを本気でやってみたいな。。

    そう思った昨日の胸を打った言葉でした。

    何をやり切るかは別として、そんな何かに打ち込んでいる人は素敵です。

    人の心を行動さえも変えるほどの力があります。

    まずは誰かのためでなく

    「自分との約束のために」「自分を信じる為に」

    私たちは日々、忙しい。

    だからこそこの色んな感情の中で誤魔化さない心、正直に誠実に自分を見ていく力を鍛えていきたいものです。

    今月は、ヨガを生活に活かす哲学講座を開催いたします。

    私ばっかり話しましたが(笑)今度はご参加された生徒さんとそんなディスカッションを出来る講座にしたいなと思っています。

    参加希望はスタジオまでご一報くださいね♪

    よかったらシェアしてね!
    目次
    閉じる